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【くちコミ情報】
もう?!
3時間以内で売り切れですか?! ちょっと早すぎませんか?また買い損ねましたよ・・o z
増刷してください!!!高くて買えません
とても好きなラジオ番組なのに、この中古の価格を見るのが悲しい。 TFMの方、増刷の方、お願いします。
増刷してくださぃっ('д`;)
買おう買おうと思って先延ばしにしてしまったらいつの間にか売り切れに・・・(*ノ-;*) 20000円じゃとてもじゃないけど買えませんっ。早く買っておけばよかった…。 次のが発売されたら絶対に買います!!
再販決定!
再販が決定しました!。詳しくは番組公式サイトで。 今までのプレミア価格ではなく、3,150円の定価で購入することが出来ます。 ただし残念ながら今回も部数限定ですので、 逃していた人は必ずこの機会にに手に入れてください。 (以下過去レビュー) この値段(定価は3,150円)でこの厚さ(広辞苑並)と内容の濃さ、定価ならかなりお得な品ですが、プレミアが付いた価格を払ってまで購入する価値が有るかと言われれば『微妙』と言わざるを得ません。 確かに初期の頃を聞いていない人なら読んで楽しめるでしょうが、所詮は脚本集、各自の絶妙な間やツボな選曲等は文章では再現しようがありません。絶妙なシナリオと、各声優さんの熱演と、ツボな選曲が合わさってこその安部礼司です。 プレミア価格でも構わないから購入しようと思っている人はその点を考えて購入を決めて下さい(今は再販受付中なので、当然定価で買えます)。
面白い!以上に泣ける
1月6日の放送を聴き、シーズン1を読み返してみました。 ラジオながら全国のリスナーの涙を誘った「先輩、石巻で散るっす」、そして1月6日放送で初夢に出てきた加奈さんになぜか涙する安部に、また泣きしました。 安部の優柔不断を指摘する人も多いようですが、人間ってそんなもんですよね。 「ひとの気持ちちゅーもんはなあ、こればっかりは、どうにもならん どうにもならんから・・・いとおしい」 リスナーの中には加奈さんの存在すら知らない方もいるかもしれませんが、この最高に楽しく、切なく、愛おしい物語のすべてを知る為に、何としてもてに入れるべき本です。 まあ、売切れみたいですが・・。
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【くちコミ情報】
一振りの香水の香りが あたりを漂う
高校時代の一夏に演劇をやった事がある。文化祭の一環に演劇コンクールというものがあり それの練習で夏休みを費やしたわけだ。僕の行っていた高校はかような行事が大変盛んで 授業より行事で存在感のある人が尊敬されていた。 そんな夏に 演劇コンクールのために 新潮文庫でまとめてシェイクスピアを読んだ。何か役に立つと 15歳の僕が考えたのだろう。 今考えると 15歳にシェイクスピアはちょっと荷が重かったと思う。口ではシェイクスピアが描き出した「人間の苦悩」というような話をしていたが 所詮たいした苦悩などしてきていない高校生の生意気だけであった。それはそれで青春時代のエピソードとして 今でも僕のどこかに残っている。 シェイクスピアというと まずは本作ということになると思う。ハムレットは読んだことがなくてもハムレットという名前は皆が知っている。「ハムレットの心境」とは今でも良く使われるではないか。 「To e , o Not to e. That is the question」という言葉は 映画「荒野の決闘」でドクホリディが朗読した場面での有名だ。 そうして それがシェイクスピアの凄みである。シェイクスピアの一つのセリフが出てきた瞬間に その映画、その舞台、その場面が がらりと雰囲気が変る様は良く見られる。俗な言い方をすると一瞬にして香気がただようとでも表現すれば良いかと思う。その雰囲気は 一振りの香水にも似ている。 「To e , o Not to e. That is the question」。そう それは誰にとっても 何時になっても問題なのだ。
クレメンタイン=オフィーリア、チワワ=ガートルード
ジョン・フォードの『荒野の決闘(いとしのクレメンタイン)』という映画を見ると、フォード監督は清純派よりもチワワのような「魔性の女」タイプのほうが好きなのでは?と思ってしまう。ただ、西部劇を見に来るような客というのは逆の嗜好である可能性が高い。その辺のジレンマがあの映画に出てたような気がする。ラストに「クレメンタインという”名前”は好きです」という台詞があるのは一種の皮肉かと思った。 『ハムレット』を読んで同じようなことを感じた。
シェイクスピアの作品。
シェイクスピアの作品はテーマが3つに分けられるそうだ。 それは、命、女、金(かね)。それぞれの意味は、何のために生きるか?という事で、 「命」は自分自身のために生きること。 「女」は他人(家族・恋人を含む)のために生きること。 「金」は地位や名誉・・人間以外の物品などを手にするために生きることである。 例えばこのハムレットは「命」に属する作品で、「女」はロミオとジュリエット、「金」はジュリアスシーザー、リチャード3世、マクベスなどが代表的な作品。 ハムレットの中にも「女」「金」の要素は存在するが、主人公ハムレットはそんなものには目もくれず、自分自身の宿命を背負って死ぬ。シェイクスピアの哲学は現代にも生きている。
読むべきか読まざるべきか
もちろん、読むべき。 福田恒存氏の翻訳が素晴らしい。 読み比べたわけではないが、この水準に達するのは至難の業と思われる。 臣下たちの凛々しさ、ハムレットの台詞のカッコよさ、言葉遊びの面白さなど、いろいろな要素を生かし、実に充実している。 福田氏自身の解題、さらに中村保男氏の解説と、全てが揃っている。 浅野勝美氏の表紙絵もとても雰囲気がある(なんと『皆川博子作品精華』の装画もこの方とのこと)。
伝わる情熱
私は福田先生の訳のシェイクスピアしか読んだことがないので他の翻訳のものと比較することはできませんが、非常に読みやすく、しかし格調高さをもった訳だと感じました。読んでいる一つ一つの台詞につけられた身振り手振りが眼に浮かんでくるようです。ハムレットは悲劇ですが、これを書いたときのシェイクスピアの情熱が伝わってくるようでした。他のシェイクスピアの作品や他の翻訳を読んでみたくなる良い作品かと思います。 さてハムレットは狂気にとりつかれているか否かですが、私の考えでは半々かと思います。人間の心のうちに矛盾した二つの考えがあり、その間を揺れ動くというのは自然なものです。憎しみ、恨みというものは往々にして人を狂気へと誘うものであり、しかしハムレット自身は、諸所の台詞からも伺えるように、筋の通った理性的な王子であると考えられます。それ故に彼は確かに復讐を成し遂げ、しかし意図せぬ悲劇のうちに命を落としてしまったのだと思います。 余談ですが、つい笑ってしまった箇所があります。95ページの加減をたずねた王に対するハムレットの返答です。それまで彼のおかしな発言のなかにも筋が通っていましたが、これだけは本当に意味のわからない言葉が見事に並んでいたのでつい吹き出してしまいました。「カメレオンよろしく〜」って王でなくても意味がわかりません。その前の場面で「気ちがいにならねばならぬ」と言っていたことにそって、本当に狂った演技というのがでています。
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【くちコミ情報】
男が望んだもの
いったい『男』はこの世の中で望んだのは孤独なのだろうか?それとも家族愛だろうか? 人々がこの世の中で強く生きるには一人でも生きられるように孤独に対応しなくてはいけないのだろうか? p この本の『友達』を読むと家族とは何か考えさせられる。できればこの本を中学生、高校生の人たちに読んで貰いたい。たいていの人はこの年代になると友達の繋がりが家族の繋がりより大切になり家族の存在がウザイと思うようになる。そんなときこの本を読めば『友達』と『家族』の正しいバランス。ともに必要で人はその二つを求める生き物であるという事に気づくのではないでしょうか。 人は強がって孤独を好むよう見せるが、誰だって愛に飢えれば愛を求める。そういう生き物ではないでそうか。
闖入者
見知らぬ家族がひとりの男の家に闖入してくる「友達」は、集団と個の吸収過程を黒いユーモアを交えてえがく傑作。登場人物が個性的で愉快、彼ら一家と青年の会話も軽やかでおもしろい。しかし油断は禁物、実はこの一家はとてつもなく恐ろしい友達なのです。
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【くちコミ情報】
シェイクスピアをはじめて読んだ
シェイクスピアの作品をちゃんと通して読んだのは始めてだ。 三魔女のそそのかしに逆らえないマクベスの弱さが生む簒奪劇。 王権を手にしつつ自分が殺したダンカン王や同僚の武将バンクォーの死霊に悩まされる。 三魔女の存在が暗示するものは、マクベスの野心という名の内なる力と、自分の力ではどうすることもできない運命という外的な力の二つがあるような気がする。 内からも外からも誘惑に負けやすい人間というものをよくあらわしている物語だ。 読み物としては、難解でもなく、テンポもいい。セリフ回しも歯切れがよくて舞台にかけるにはピッタリだ。 むしろ解説の方が難解に感じた。 まぁ、言ってることはなんとなくわかるけど。 とにかく「ハムレット」が対比に使われている。 そうか、そのうちハムレットも読んでみることにしよう。
きれいはきたない。きたないはきれい。
マクベス。魔女の予言。誰もかれもがマクベスにその手を汚せとささやく。 「きれいはきたない。きたないはきれい」という魔女のなぞの言葉・・・・。 それは完全無欠な人生を歩むには、邪魔者を殺しその手を汚すしかなく、 その手を汚したくなければ完全無欠な人生など歩めはしない(王にはなれない)という強迫なのだ。 それがマクベスの鍵となる文句。その強迫に操られてマクベスは死ぬ。
人間の本質と弱さを突く
シェイクスピアの作品は、実際の演劇を見てから読むに限る。舞台での台詞のテンポと臨場感を一度経験しておくと、文学として読む作品に生命が宿る感覚を覚える。 どの作品もそうだが、マクベスも、シェイクスピアの人間の本質と弱さをシニカルに描いた作品と言うべきだろう。無闇に人生訓のようなものを導き出すのは良くないが、やはりどうしても、シニカルな視線の中に、学び取らねばならないものを感じてしまう。この作品では、魔女の囁きにそそのかれ、独善的となり、高揚した主人公が、冷静さを失ったゆえに、結局は身の破滅を導く、というストーリー。治世というレベルでなくとも、あらゆる人生の場面で、こんなことはあるものだ。 それにしても、やはりシェイクスピアの詩のような言い回し、巧みな比喩には、美しさを覚える。このような美しさ、それも”冷徹な美しさ”こそ、天才のなさる業だろう。
森が動く!
W・シェイクスピアによる四大悲劇の一つ。 スコットランドの武将マクベスが、自らの野心と策略によって破滅する過程を描く。 王位欲しさに徳の高い君主であるスコットランド王ダンカンを暗殺したマクベス。 手にした王位を死守する為に非道の限りを尽くすも、犯した罪に苛まれる。 そして洞窟へ赴いたマクベスに魔女が言う。 「マクベスは滅びはしない。バーナムの大森林がダンシネインの丘に攻め上らぬ限りは」 「そんなことがあってたまるものか」 洞窟から帰ったマクベスはその後も非道の手を弛めることはなかったが、 魔女の言葉が真実であることを、やがて意外な形で知ることになる。 武闘派マクベスの内面の弱さによる葛藤が読みどころ。 ストーリーもシンプルで読み易い作品。
自身との対話
個人的には冗長で長編の作品が好きなため、なかなかシェイクスピアの作品には手がでなかった。 作品同様、彼の作品に対する批評にもほとんど触れたことがないため、残念ながら作品の手法、芸術的側面についてはなんともコメントしがたい。 そういうわけで、今回は専ら内容的、警句的な側面について。 この作品では権力的志向の醜悪な側面がマクベスの顛末に体現されている。ある人がこれを端的に「権力の魔性」と表現したが、まさにこの一言に凝縮されるであろう。 マクベスが権力の魔性の虜となって行く転機はどこにあったのだろうか。言い換えれば彼はどこで踏みとどまれば作品のような悲劇的結末を体験せずにすんだのであろうか。 直接的な契機は三人の魔女との遭遇にあるように描かれている。三人の魔女に唆されたというように。しかし作中のマクベスは魔女達に偶然的に狂わされた人物としては決して描かれていないように思われる。むしろマクベス自身がもともと保持する醜悪な側面が単に魔女との出会いを契機に噴出したに過ぎないというほうが穿っているのではないだろうか。 私は常々思うことがある。自分の醜悪な側面の存在を認め向かい合い、内的対話により止揚せんとする姿勢が、自身の醜悪に飲まれず逆にそれをコントロールしていくための肝要なのではないか、と。 描かれてはいなため想像の域を出ないが、日常のマクベスにはそれがなかったのだろうと思う。おそらく彼は自分の醜悪な面をはっきり自覚した体験を持たず、故に止揚するすべを知らなかった。 そのため、魔女達との出会いにより噴出した醜悪性に対し、彼は抗する(むしろ付き合うというべきか)すべをもたなかったのだろうと思われる。そして醜悪性に飲まれていくのである。 殆ど想像のみから書いてしまったが、私の読後感である。
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読みやすさ抜群、だがもう一歩奥を!
鴎外の名訳があるというので、高校生時代にファウストに初挑戦したが、なにが面白いのかわからなかった。先生に話すと、受験とは関係ないなと言われた。大学生時代だったかに相良訳のファウストが岩波文庫で出たというので読んだ。内容を掘り下げるのに苦労した。自分でも読み方が不十分と思ったし、ゲーテに対する一般的評価とは違いすぎるなと思った。その後、中央公論から手塚訳(手塚富雄訳のことで、池内訳2巻の末尾に出ている手塚治虫の漫画とは別物)が出た。これは面白かった。たしかにファウストは(そういわれるからかもしれないが)、特に第2部が奥が深いなと思った。そして、別の契機から「新訳」というのに興味がわいて、池内訳を読んだ。今までのものとの違いに驚いた。わかりやすさは格段上だ。ただし、この訳を最初に読んだとすると、ゲーテの深みが出ない感じもする。一語一語を理解するのに考えながら読んだ過去のファウストに比較すると、池内訳は「斜め読み」さえ可能である。これは、過去とは違って、時間にゆとりも出来て、ゲーテの「イタリア紀行」を携えながらナポリからパレルモへ船で渡ったり、ヴェネチアを楽しんだり、ギリシャ神話の母国やトロイ遺跡へ行ったりした後で読んだから、よけいにわかりやすかったのかもしれない。ちなみに、シチリア島のパレルモを歩くと、ゲーテの時代を感じることが出来るから面白いものだ。この池内訳は、活字離れの進む今の若者にはいいだろう。ファウストの粗筋を知って、手塚訳か相良訳に挑戦してもらうとよけいにいいと思う。特に、全てを「金銭」で判断したり、片づけようとしている今の日本の社会を見ると、多くの人(若者も高級官僚も政治家も)にファウストを読んで、考えて欲しい(特に第2部)。なお、池内訳では解説が素晴らしい。挿絵は断然、文庫ではない手塚訳のものだ。★4の理由は、新しさ(読みやすさ)と豊富な内容の解説への高い評価に、これだけではゲーテを理解するには不十分であることと挿絵のまずさのマイナス点を加えたものである。
積ん読だったけど、読み終わった。読んでみるべきです。
“ファウスト”積ん読の一冊だったのに、読んでしまった。 池内訳の散文は一気に読めたし、山本容子の銅版画のイラストもぴったりだと思った。 前半は、戯曲という形式と、神や悪魔などを受け入れるのにちょっと戸惑ったが、霊液で若返り、マルガレーテにいいより思いを遂げるファウスト。そのためにマルガレーテは、ファウストに兄を殺害され、母は死に、妊娠。産まれた赤子を殺し、獄に繋がれる。彼女に救いはあるのだろうか。最後の場面には、感動した。 読むきっかけとなったのは、北村薫「スキップ」のなかに「時よ、とまれ、おまえは美しい」の「ファウスト」の詩句を読んだことにある。 古典とは、さまざまなものに影響を与えているのだ。人間は何時の時代も変わらない。読み返すほどに奥が深いと思う。
今までに無い素晴らしい訳本
ファウストと言えば、相良守峯先生の名著と思われている方にも是非ご一読をお薦めしたい。 深くを追求するには、あまりにも困難きわまるゲーテであるが、このような訳が可能であるのかと、驚きながら一気に読みきってしまった。 本来の文章を追う訳本である場合、言語差による面白みの欠如からどうしてもストレスを感じてしまうのだが、異国への憧れ、人の本質、著者の伝えたいイメージがぐぐっと押し寄せてくる感じ。 ゲーテは難しいと苦手意識のある方にも安心して薦められる。少しの西洋史か神話の知識があれば、青少年にも楽しめる内容であると思う。 個人的に、挿絵のイメージが異なり星4つとさせて頂いた。
新たなファウストの誕生
あらすじはご存知、ファウストとメフィストの賭けの顛末であるが、訳と注によって、これほど読後感の違う作品に初めて出会った。 例えば、第一部ではファウストが悪魔に魂を売ってでも究めたかったこと、この重要な部分で訳語から受ける印象が違う。つまり、ファウストの性格設定が違ってくる。 p また、順序が前後するが、冒頭の「捧げる言葉」は瑞々しい口語体で心に響く。「あるのは思い出そうとする意思だけだ。」という、アメリカ人人気作家の手に成る連作の切ない一節が浮かぶ。豊饒かつ長大なことで名高い作品で、フランス人作家が生涯かけて「求め」たのも、そうした「時」である。 ゲーテがこの部分を書いた時、彼は既に五十路に近い。なぜ過去は輝くのか。まだ、私にはわからない。しかし、その輝きが第一部のテーマであるように思われた。 p 明快でリズミカルな池内訳は特に年少の読者におすすめしたい。一方、『ファウスト』は一生に何度も楽しめる作品として、つとに知られる。先行する鴎外、相良、高橋各訳で読まれた方には、池内訳の結ぶ新たなファウスト像を、頭の体操を兼ねて楽しんで頂きたい。
本を読む歓び
旧来までの訳は難解とのことですが、この池内訳は読みやすいく、お正月休みに一気に読みました。山本容子さんの挿し絵もステキ。 読書の歓びをたっぷりと堪能させてくれました。来年のお正月休みにでももう一度読みたい。 また私はこれを機会に原文の韻文に忠実な旧訳も読んでみようと考えてます。
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迷路だらけの宝島
ファウストとメフィストの賭けは続く。といっても、舞台も時代も転々と移り、果ては神話の世界にまで至るから、筋を追うだけでは辛い上に勿体無い。 かつてゲーテが宮廷の要職を放り出してイタリア旅行に出てしまったように、筋は投げ出して、しばし古代のエーゲ海で、豪華キャストによるきらびやかな舞台を楽しまれたい。 中盤を楽しむほど、終盤の「灰色の女」と契約の「時」は際立つ。 p さて、虚構を常識で裁くのは野暮だが、第一部で直接1人、間接的に2人を殺し、第二部でも・・・。となれば、最終的な志の如何にかかわらず、地獄行きだろう。賭けは当然、メフィストの勝ち、か? p 池内訳の結末は、死を間近にした一老人ゲーテの願望の投影かもしれない、と読者に思わせる。ファウストは人格者というより普通の人だ。訳語、訳文と最小限に絞られた注、という目立たない方法で、新たに大胆な解釈を加えたように私には見えた。 迷路だらけの宝島が、多くの研究者を惹きつけ、研究書で図書館が建つ。そういう豊かな作品である。
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私は目もくらむほどの体験に身をゆだねたいのだ
・元々ドイツに伝わるファウスト伝説をもとに書かれた作品。ファウストという名の錬金術師と占星家が実在したらしい。同一人物との説あり。この件は、本書の約40ページに及ぶ詳しい解説にも書かれている。 ・ゲーテが若い頃から書き始めたライフワークで、最終的には人生経験豊富な老人ならではの視点も入った、練りに練られた傑作である。構成美の一方、人間の醜悪な部分の描写もある。さらに生命力溢れる民衆の楽しみに通じた点がにじみ出ており、作品の深さと広さを感じる。「隠し砦の三悪人」など、黒澤明のいくつかの映画を思い起こさせる。 (付記1)ロックバンドThe Policeの名曲“W apped A ound You Finge ”の歌詞に、メフィストフェレスの名が出てくる。 (付記2)1938年に毒殺されたブルーズマンのRo e t Johnsonには、ギターの上達のために悪魔に魂を売ったとの伝説がある。米国の黒人と共通するとは(キリスト教の影響があるにしても)、何か悪魔には人類共通の思い入れがあるのだろうか?
旧版 森 林太郎 (翻訳) はいずこへ
ファウスト 第1部 (1) 岩波文庫 緑 6-1 ゲーテ (著), 森 林太郎 (翻訳) ISBN: 4003100611 ; 1 巻 p だと思っていたら、翻訳が違うのですね。森 林太郎 というは あの文豪、鴎外です。がっかりしていたが、ちくま文庫の森鴎外全集に入っていました。 もし、旧版の岩波文庫で読みたかった人はこちらをお勧めします。 新潮その他、翻訳者は異なりますのでお好きな本を。個人的に、手塚治虫のファウスト(朝日文庫)も好きです。
さすがゲーテさすがファウスト
やはりゲーテは言葉の美しさからしてなんかすごいですね。本当にその素晴らしさを語れといわれるとむずかしんだけど 感覚に訴えるっていうか言葉の美しさってこう言う感じなのかなと初めて思った作品ですね。想像してもきれいだし何よりセリフに臭さがないといったらいいか作品の雰囲気の中で自然と適切な言葉が出てきていると言うか・・・やっぱり説明すると難しいけど・・・ p そして何よりもその発想力と構想力 (何かいまのSFにも十分通用するようなところありますよね) やっぱり悪魔と魂の契約をするという筋が何よりも魅力的(?) 手塚治虫がすきだったというのも納得。 p あとできれば本によって訳のうまいへた、注釈とか、話の分かりやすさ結構違ったりしますので自分で少し見てみて選ぶのをお勧めします。
上演不可能の脚本に何故ゲーテが取り組んだのか
それ自身が既に降霊術の呪文のような、深遠で謎めいた長い前口上。そして現れるのは老博士の書斎。脚本という形式を取る事で、私達はゲーテ自身のト書きを通し場面をヴィジュアルに思い浮かべる事ができる。魔法陣の中と外の駆け引き、メフィストフェーレスの自在な変身など、言葉にされると多分救いようもなく陳腐な表現になってしまうだろう。だから、この戯曲が上演可能か不可能かは本質的な問題ではない。動員しうる全ての想像力を刺激して訴えかけてくる、ヴァーチャルな総合芸術。文豪をして数十年の歳月を要した超大作に、あなたはどの様に打たれるか?また、シューベルトやリスト、マーラー、手塚治虫などの、この作品に触発された創作に手を伸ばしてみるのも面白い体験かも知れない。
永遠を見た悪魔
心理学者で有名なユング博士が大のお気に入りだったゲーテの「ファウスト」であるが、一部にこの書物は、オカルティズムとも関連が深いと言われることがある。 p しかしながら、それを読解できるのは非常に稀なことであり、殆どの人はそのような読み方をできないという評を、哲学・心理学・宗教学・オカルトなどの各書籍で見つけることができる。 p さて、この書物はゲーテのライフワークであったことは確かであろう。 彼の青年の頃から書き初め、死の直前まで書き進められた、その最初と最期に深い意味がある。 p よく言われることであるが、ファウストもメフィストフェレスも同様にゲーテの分身であるということである。 p 若き神学者であり哲学者のファウスト博士は、この冒頭で眼前に偉大な何かを見つつ、それと決別せねばならない。 「もう神も悪魔も恐くはないが、私には生きる楽しみが無くなってしまったのだ。」と言い、毒杯を仰ごうとする彼は、青春があまりにも早く過ぎ去ったと嘆くツァラトゥストラを彷彿させる。 p 実は彼はこの決別に絶望しつつも、悪魔と契約し没落することで生命の素晴らしさを再び探求する旅に、今出かけるところなのだ。 生命を謳歌し満喫する為に、彼は悪魔と同属とならざるを得ない。それもまた絶望である。 p さらには彼は、若い娘に神について説教され、それを悪魔に揶揄される。 p 「神についての専門家が、逆に説教されてしまいましたね。」という言葉には、一体何が隠されているのだろうか。 p この作品は、少なくとも二重の読み方ができる。 簡単にファンタジーを楽しむか、それとも永遠を見たゆえに悪魔と契約しなければならない神学者の姿を見るかである。
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ザビビのファウストへ・・・・(;'Д`)ハァハァ
(;'Д`)ハァハァ さあてファウスト第2部だが・・・ファウストに言いたいことがある・・・。週刊少年漫画板でも聞いたが・・・ おまいの漫画は・・・漫画としての文法が成り立っていないそうだ。 本当にそうなのか・・・ おまいの漫画を一度 読んでみたいと思った。 話はそれだけだ。
人生とともにある読書
私は、あまり一度読んだ本を二度三度と読み返さない方なのだが、「ファウスト」は、多分、中学生で一度、高校で二度、大学で一度、社会人で最低一度は読んだ。読むたびに、自分に迫ってくる個所が変るように思う。また、読書という体験から伝えられるメッセージも変る。なにか教養というものに対して幼いあこがれがあったから、最初の頃は単に名作として無理矢理読んだ。あるいは、手塚治虫の「百物語」などとの関連で読んだのかもしれない。青春のころは、グレートヒェンとの恋物語として読んだように記憶している。自分の恋と、ゲーテの恋を重ねていた。ゲーテが恋多き人生だったと、解説にあったことで安心した。 p 今回は、最低でも十数年ぶりに第二部から読んでいるのだが、実に面白い。随所に人生の知恵が隠されている。まだ、それらをきちんと自分の文字として、まとめるには自分の筆力があまりにも足りないのだが、くすくす笑ったり、現代との接点のあまりの深さに鳥肌立ちながら、読んでいる。実によい読書体験だ。うれしい。
人間は何も知ることはできない
「私がついに知ったことは、人間は実は何も知ることが出来ないということだ。」と言い、悪魔と生きることを選んだファウスト博士。 p 彼はその後、恋をし、老人の家を焼き、その人生を謳歌する。 その第2部は音楽のような旋律であり、一貫した何かを語りたいというよりは、人生というものの無常たるところを楽しく唄っているように見える。 p さて、このファウストに家を焼かれたフィレモンという老人に、後の心理学者のユング博士は、自らの心の分身にその名前を授けた。 ファウストは間違いを犯す、間違いを犯さざるを得ない。 間違いを犯すこととは、生きることに他ならず、それは悪魔の嘲笑するところである。 p 彼がその間違いだらけの人生にそれでも美しいと言うのならば、賭けは悪魔の勝ちである。 冒頭で世界に絶望し、決してこの言葉を口にする筈のなかったファウスト博士が、終にその世界を素晴らしいと認めてしまう。 p 「とまれ。全て(あなたは)は美しい。」 p この瞬間に、悪魔は賭けに勝利したにもかかわらず、神を裏切った筈のファウスト博士は、神の手助けで昇天する。 何という意味不明な最期なのか。 p 興味深いことを言えば、人生とは全て苦と説いていた仏陀は、死ぬ直前に自らの最期の食事をふるまった者を祝福しつつ、次のように言った。 「人生とは甘美なものだ!」 p ファウストが何故神に祝福されつつ昇天するかは、この作品最期にある言葉、「永遠に女性的なるもの、われらを牽きて昇らしむ。」の謎を解き明かさなければ知ることができない。 p 「西洋と東洋は分けて考えることはできない」(ゲーテ)
ファイブスタ-
核心をつく第2部。 p 運命の3女神、灯台守の詩など短詩としても美しい言葉が並ぶ。 p 運命の3女神のストーリーをベースにした漫画「ファイブスタ-ストーリー」(永野護)も必読。 p ゲーテのファウストが難しかった人は手塚治虫さんの「ネオファウスト」を読むと理解できると思う。ただしこちらは執筆中に作者他界。未完に終ってしまった。
可哀想におれという阿呆が・・・
ゲーテが幾十年という歳月をかけて取り組んだ大作。おそらく自分にとってランボーがそうであるように、多くの人にとってこの「ファウスト」は読む場所や気分、年齢によって受け取り方や感じ方が変わるものであるのではないだろうか。読めば読むほど味が出てくる、そして年を重ねるごとに新しく出会う個所がある一方でわからなくなる個所も出てくる、そのような書であるような気がする。“哲学も、法学も、医学も、またいらんことに神学までも、容易ならぬ苦労をしてどん底まで研究してみた。それなのにこの通りだ、可哀想におれという阿呆が。昔よりちっとも利口になっていないじゃないか。”この言葉が二十歳の今、最も印象に残った言葉であったが、この先 読み返したときにいったいどのように感じるのだろうか。まったく未知数でであるがゆえに楽しみである。
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女は強しw 妖怪は強しw 約定を違え理不尽で自己中な人間共を圧倒的な力でお仕置きする。 この爽快感。 命の為に恋は捨てない!!この潔さ!! こんな恋をしてみたいものである。 さて夜叉が池のお雪さん、両親は龍神と言いながら晃の話では 日照りの生贄の乙女であったりする、この謎の存在。 記憶が自己修整されているのか? 天守物語のお富さんは遠く離れた夜叉が池のお雪さんと友達みたいだしw 不思議とリンクしている幻想戯曲。 謎が謎を呼びます。
玉三郎
『天守物語』『夜叉ヶ池』ともに坂東玉三郎が演じています。戯曲なのですから、 演じられねば話になりません。そして、舞台で観たのは『夜叉ヶ池』でした。 同時に『海神別荘』も演じられたのを二回観ましたが、泉鏡花の台詞の美しさを 稀代の女形が演ずることの素晴らしさよ。映画も先の二作はありますね。 でも、DVDになっていないのですよ。これは甚だ残念であるし、国の宝なのですから ぜひ自宅でも観たいと思います。 ともあれ、『高野聖』『眉かくしの霊』という小説で味わう鏡花とは別の趣が楽しめて 鏡花のスケールの大きさ(という言葉はこの方には似合わないけれども) を味わってください。で、DVD,ぜひお願いします。
明治期に江戸情緒で描かれた男女共生と市民社会法
7月歌舞伎の鏡花4作品『夜叉ヶ池』『海神別荘』『山吹』『天守物語』の上演(坂東玉三郎演出・主演)を見た。私は長く鏡花を誤解していた。 美文、江戸情緒、妖怪変化の幻想性、男権的女性の客体化、という三島や澁澤龍彦系の解釈に長く安住していたのだ。作品は美しい異界と醜い人間界との対立のように描かれているが、違う。舞台を見、改めて本を読み返してみて解ったが、ここには対等な男女が愛し合う男女共生の価値観と、高圧的な家父長的男権主義の価値観との対立が描かれている。そして異界とは原始アニミズムである。異界の力を借りるときには、男女共生の価値観が近松心中物のノリで勝利するが(夜叉ヶ池・天守物語)、人間界のみの道理に支配されると、家父長的男権主義が勝利する(山吹)。『夜叉ヶ池』の萩原晃や『天守物語』の姫川図書之助は夢幻世界の住人即ち男女共生社会の一員になれるが、『山吹』の島津正は「仕事がある」と言って断じて共生社会に組しないのだ。殊、『夜叉ヶ池』のラストは圧巻。晃に「人は心のままに活きねばならない」などと言わせて個人主義・自由主義を語る。俗物代議士に「いやしくも国のためには、妻子を刺殺して、戦争にでるというが、男児たるものの本分じゃ。」と言わせ、いざ死ねと迫られた途端逃げる姿を描いて、全体主義を揶揄する。ここまでくると、フランス革命以来の市民社会法の理念が語られてて、鏡花って、女性蔑視をしない分、中江兆民を凌駕するんじゃないの?!とまで思わせる。・・・と、これが深読みかどうかは、この本買って読んで考えて頂きたい。
分かりやく、読みやすいストーリー
2作品ともに「人間世界」と「妖怪世界」の対立。選ばれた人間が最後は妖怪世界に行く。
押井守さん、いかがでしょうか?
『海神別荘』の「乙姫様が御工夫を遊ばしました」百科事典。海底にある「此の国の微妙なる光に展(ひら)きますると」白いページの上に、森羅万象が極彩色で描きだされる。『夜叉ヶ池』の白雪の衣裳。「雪なす羅(うすもの)、水色の地に紅の焔を染めたる襲衣、黒漆に銀泥、鱗の帯」。鏡花の天才は、舞台でも実写の映画でも不可能なイメージを、華麗な詞章に封印した。現在の3DCGのアニメによって、それは初めて再現可能となったのではないか?若き才能の挑戦に期待!押井守さん如何?
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おすすめ度
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【くちコミ情報】
芸術の不可能性
ランボーの『地獄の季節』がいい例だが、ある時点から、少なくとも芸術に対して誠実であろうとする者にとっては、もはや何も創作するができないという事態が生じた。 『ゴドー』はその逼迫した状況に勇敢にも挑戦し、小さな、しかし偉大な風穴を開けることに成功している。 「どうにもならん」というエストラゴンのセリフから始まるこの劇は、芸術の不可能性を認識した上で、その不可能性と戯れている。 一方では、軽快でナンセンスな喜劇であり、他方では、終末の予感(芸術の死、人間性の死)に満ちた悲劇である。 いずれにしても、芸術を志す者にとっては避けて通ることのできない道である。 本書は現代に生きるわれわれの導きの糸となってくれるだろう。
『象徴的』という意味を深く実感。
例えば、生きる事の意味をとことん考えて見る。「意味」「価値」etc....。二人の何者が分からない男が延々とはぐらかした無駄話を続ける。「ゴドー」という何者かを待ちながら。戯曲とは「読むための文学」として完結する事が存在理由なのではない。芝居に昇華されるための「アウトライン」として、「開かれて」いるべきものだ。そしてこの戯曲ほどあらゆる解釈と演技を成立させる、『開かれた戯曲』はまず、ない。演出家と役者の解釈と実力によってあらゆるカラーを見せ、とてつもなく面白い芝居にもなり、最低のつまんない芝居にもなる。(日本では10年程前に、蜷川幸雄氏が男版・女版として、2バーションを演出した、男「西村晃・江守徹」女「市原悦子・緑魔子」が凄かった。アメリカでは「スティーブ・マーチン」と「ロビン・ウイリアムス」がNYで演じている。凄いキャスト。ぜひ見たかった!)だからこそ本作は演劇の可能性を高らかに歌い上げている。読んで面白い、という作品ではないが、『象徴的』という形容がこれ以上的確にあてはまる作品はなく、それを生みだした、ベケットの着想の凄さに敬意を表して★5つ。
我々は何かを待っているのであろうか?
とにかく考えさせられる劇である。ゴドーを待つ二人を中心に劇は進むが、ゴドーは誰なのか?何故待っているのか?等などの疑問が次々を浮かぶ。 p 読み終わって、あたりを見渡し考える。我々は何かを待っているのであろうか?何を期待し今日を過ごしているのであろうか? p 混沌としている世の中を読み解く鍵としても一読をお薦めする。
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